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「谷崎潤一郎全集第4巻」を読んで [読書]

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照る日曇る日第842回

 この巻では「鬼の面」「人魚の嘆き」「異端者の悲しみ」などちょうど夏目漱石が「明暗」を書きながら斃れた時期の作品を収めていますが、当たり前のことながら、「即天去私」などと言われた最晩年のそれと比べてなんとその作風が違うことよと驚かずにはいれれません。

 「人魚の嘆き」は泉鏡花の向こうを張ったような谷崎独特の幻想譚ですが、「鬼の面」とか「異端者の悲しみ」の世界はお得意の「悪魔主義」などとは全然異なります。

 これらは日本橋の貧しい町家の暗がりで呻吟していた著者の青春時代の暗くて絶望的な生活と内面をリアルに描いた一種の暗黒社会小説ないし波乱万丈のシュトルムウントドランク自伝でして、松原岩五郎の「最暗黒の東京」と社会主義的リアリズムを足して2で割ったような、おどろおどろ陰々滅滅の私小説なのです。

 ところがまったき非政治的小説であるにもかかわらず、これに内務省警保局が再三にわたってクレームをつけているから恐ろしい。後の「源氏物語」や「細雪」弾圧事件より遥か以前の話です。

 恐らくは参議大久保利通の考えで1876年明治9年に内務省の内局として誕生したこの組織は、全国に諜報ネットワークを敷いて労働運動や反政府運動を取り締まったのですが、この時期、谷崎のどうということのない作品についても徹底的にダメを出し、現行憲法が保障する表現の自由をふみにじり、恐るべき言論弾圧を行っていたのです。

 ちなみに「異端者の悲しみ」の「はしがき」を読むと、「此の原稿の発表に先だち繁雑なる公務の余暇にわざわざ検閲の労を取られ、加ふるに精細なる評論までも書き添えて下すつた永田警保局長の好意を、予は深く深く感謝するものである」と書かれているのですが、この時代に警察権力の触手がここまで及び、当時の若手流行作家が、ここまで無抵抗にその権威と圧制に奴隷のように屈服している姿には慄然たらざるをえません。

 美女のみならず権力者の前に額ずきて膝を突きたり谷崎潤一郎 蝶人

 

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